とうとうと

とうとうと過ぎる日々にとうとうついていけない思考を取りまとめる

バンクシーと子猫とふーちゃん

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*1

 

この子猫は世界的に有名な覆面グラフィックアーティストのバンクシーパレスチナガザ地区に残していったもの。

 

リンクを読んだら良くわかるけど、この絵の理由を聞かれたバンクシー

自分のウェブサイトに写真を投稿して、ガザの破壊された姿に焦点を当てたいのだ、と。インターネットの人たちというのは、子猫の写真しか見ないものだから

 と言ったそう。

 

 

 

そして今日の私といえばこれです。

fukuoka.parco.jp

 

母と姉が行くっていうのでついていきました。

SNSで有名な猫たちの写真が一堂に集められ

これでもかというくらい癒してくるという催しです。

 

入る前はね、

「ネットの画像集めただけやん、お金勿体無いし入らんでいいや」

とか言ってしまった。空気読まずに。お母さんに

「せっかく来っちゃけん入っとこうよ」

と諭され入場。

 

正直、大きく見れるってだけで所詮画像。

癒し効果はスマホの画面を見てるときと変わらない。

 

それでも十分ににやけてしまうけれど、

3人でニコニコできて割といい時間過ごせたけれど、

太ももと猫というコンセプトでツイートしているユーザーさんを見つけてすかさずフォローしたけれども、

ふーちゃんの揚げ物っぽさのある画像がとても可愛かったけれども、

猫のふわふわの毛先までバッチリ拝めて幸せだったけれども、

値段相応に堪能したけれども、

 

これで学生400円かー、いい商売やなと思ってしまった。

 

それこそ子猫の写真しか見ない比較的安定した国の私たち向けの

超・娯楽だなと思った次第です。

 

でも問題に目を向けたところで私には「知ること」以上の何かが

出来るかと言われたら疑問です、考えないようにしてるだけなのかもしれないけど。

 

大事な人とモノは手の届く範囲にあることは間違いないので。

それらをパーフェクトに大事に出来たらそれでよしとしてほしい。

幸せ享受させてほしい。

でも

ネットでどんな世界にでもアクセスできる時代の私たちにこそ響く形で

バンクシーは訴えてくるんだなー

猫ばっかじゃなく世の中のハードな面も見なはれと

それには自身の知識も必要で、猫みたいにふわふわで甘くはないけれど、

知ったら知っただけの面白さや鮮烈さがあるのだろうと思う。

でもこの子猫グラフィティを真の意味で理解できるのもこの時代に生きる私たちだけだと思うので

この現代アートとしての子猫グラフィティさえも享受している。

 

 

 

でも優しさは連鎖するはずだから身近な人に優しくして遠いパレスチナの人まで届いたら最高じゃないかな。それくらいしか浮かばないや。

 

とかいう理想論でおしまい。

 

 

 

 

「2025年の私」

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 2025年。
 私は32才。
 20年前にかなえたかった夢「イラストレーター」はかなってしまっている。20年前から好きだった「絵をかく」という仕事について楽しい毎日を送っているはずだろう。
だけど、これは、仕事。
 自分のかきたいものとは別のものを注文どおりにかいていく。その中に、工夫して自分らしさ、個性をまぜていく。そのうち、私らしい個性が認められて、人気が出てくればいいけれど、全く売れないということだってあるだろう。それをかくごして、イレストレーターになったからには、努力と実力でイラストレーターとして認めてもらえるようにがんばる。
 その目標を達成できたら、また、次の目標、夢をたてる。次の目標はぼちぼちくらいで人気になる。あまり、売れるとお金が入ってくるかわりに自分らしい絵を見つける時間がへってしまいそうな気がするからだ。それに、私のことだから、有頂天になって自分らしい絵に対するこだわりがなくなるかもしれないから、ぼちぼちが私にぴったりな気がする。人気が出てきて、注文がたくさん来たら、手が痛くならない程度にひきうけたいと思う。
 親を支えるぐらいは立派になっていたい。めいわくをかけたはずだから。
 自由業というイラストレーターの長所を最大限にいかして、のんびり、マイペースに、それでもバランス良く生活ができていれば、それが私にとって一番幸せだと思う。
 2025年、12才の私はこうであってほしいと思っている。

 

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これは私の小学校の卒業アルバムでの作文だ。

卒業生一人ひとりが「6年間の出来事」や「心に残った思い出」など様々なタイトルで作文を書いている。私は将来の自分を妄想して文章を書いたようだ。

 

不覚にも泣いてしまった。そして、ちょっと笑えた。

 

昨年はなんだか自分の気持ちと折り合いがつかず足踏みして終わったことが多くて

モヤっとした一年だった。ようはなにもしていない・・・。

だからこそちょっと救われた。初心に帰れたというか私の今後の指針を示してくれているというか、これを32までに達成するために私は今、デザインやアートの分野でざぶざぶ泳いだりあぷあぷ溺れたりしているのだと実感した。

昨年は溺れ続けた一年だった。表面は穏やかだったが内心では大荒れ、第三次世界大戦並みの議論が繰り返され私の希望は今にも白旗を掲げそうだった。

ネガティブな思考がつきまとい思うように体が動かず自己嫌悪を重ねる毎日・・・。

心療内科に行ったら鬱って言われる気がして行かなかった。そんな感じ。

 

 

たぶん小6の私なりに考えての2025年なのだと思う。だって32才って12才からしたら結構遠い。20才とか25才を念頭に卒業の作文を書いている人が多い中、あえて20年後の32才。

想いが強ければすぐになれるとかそんな理想はこの時から抱いていなかった、そもそもそんなに強い精神を持ち合わせている人間だとも思っていなかった、だから32なのだと思う。

23才のテメェなんざまだ道半ば、やれることからやりたいことからやっていけと背中を押してくれた。気がする。

小6の私、先見の明ありすぎ。ありがとう。

 

 

まだ道は途中のようだし、今の私は道草する気満々である。

 

だから2017年は実りある年にしたいねっていう話でした。

 

【備忘録】女子ひとりヒッチハイクの話〜岡山福岡間〜

21のとき岡山〜福岡をヒッチハイクで移動しました。
その時のことをば。
 
 
 
なぜヒッチハイクという選択肢が浮かび上がったのか
 
 
 
なぜヒッチハイクという選択肢が浮かび上がって
実行に移すことになったのかという。
 
当時、地方銀行が教える金融講座という大学の講義をとっていて、
お金ってなんなのかを考え出したら、いかにお金を使わずにあらゆることができるか試してみたくなって
なんとなーくヒッチハイクやってみたいなーと思っていたところに
いざ実家に帰ろうと思ったらお財布にお金がない
(午前中に思わぬ出費で5千円ほど飛んでた)
 
これはやるしか!
となった、その時の気持ち的に。
 
ヒッチハイク』でググって、コツをざっと見て、
ここでやってみようと出発は岡山市内の郵便局筋
大きな画用紙にとりあえず「広島」と大きく書いて
いざヒッチ
 
すごく勇気がいります。
人目が気になってしょうがないけど
心臓に毛を生やしてがんばる。
過ぎ行く運転手さんに目を合わせて、笑顔を向けて
自分が危険人物ではないことをアピールします。
 
そして待つこと5分、目があった大きな車のおじさんが
手振りで止まってくれるっぽい合図を!
 
止まってくれたぁ〜〜〜!!!
 
ありがたいことに。
 
 
 
 
 
 
ドキドキのご対面
 
 
扉を開けて、名前と自分が何者かを告げます。
 
「広島?いいよいいよ」と快諾。
どうやら用事を済まして家に帰る途中とのこと。
行く用事もないのにありがとうございますっ!
 
「高速と反対車線にいたじゃん、あれじゃ止まってくれないよ」とアドバイスをいただく。
そーなんすか!としか言えない無知っぷり。
 
おじさんは今年60歳で余生を楽しむ新たな家を探しているとのことで、
これまでの話を伺う。
 
なんかお金持ちっぽい。
 
おじさんは奥さんと二人三脚で事業を成功させてお金には余裕あるってことで
55歳で仕事を辞めて前倒しの年金暮らしをしているそう。
いろーんな仕事をしてきたけど、30こえて今の奥さんに出会って奥さんは翻訳ができる人らしくアメリカの法律書(日本でいう六法全書みたいなものらしい)を翻訳して、おじさんがそれを日本の法律事務所に売り込むっていうビジネスで財を成したそうです。
話だけ聞くとただのサクセスストーリーだったけどそれ以上の苦労が垣間見える楽しいお話でした。
 
今乗ってる車は犬用とか言ってておいまじかよそんな金の使い方があるのかよ
と内心ツッコミながらも
普通にすごいと思う。
 
道中、お昼ご飯食べた?と気にかけてくれて
ごちそうになり、お土産買ってないの?そんなのだめだよ!
と買い与えてくれて、なんか申し訳ない反面ラッキーと思っている自分が。
ほんとにありがたい
 
高速に乗って少したって、
そういえば昨日不動産から電話がかかってきて山口にいい物件があるから見にこないかって言われてたんだ!
ついでだし山口まで乗せてってあげるよ!
ってことで山口まで。
 
ぇえ!いいんですか?ありがてえ
 
そしてそして山口の唐戸(福岡に一番近いまち)ってとこに物件はあるらしく、
一人目にしてそんなとこまで行けるとは思っていなかったから
 
普通に感謝の意を伝え、
唐戸に到着。
 
高速に乗ってたんだけど
看板で関門トンネル2km
という表記が。
 
あと2キロかぁーついでだし福岡まで送るよ!
 
なんと!
有り難すぎる!
 
いやいや、さすがにそこまでは大丈夫ですよ!!
近くで降ろしてくれるだけでありがいたいっす!
って言ってみたけども
30の頃福岡に住んでたんだよね。せっかくここまで来たし、
博多まで送るよ!晩は博多に泊まるから大丈夫!
 
ってなにがどう大丈夫なんだ??
と思いつつ。お言葉に甘える末っ子根性。
 
結局、11時頃にヒッチ初めて、
18時頃には博多駅に到着。
 
乗せてもらった人数 1人。
 
所要時間 7時間弱。
 
もらったお小遣い 1万円。
 
ヒッチハイクってお金稼げるの?
なぜか所持金プラスになりました。
 
話しててやたら感心されたし、
あと30歳若かったら惚れてたとか言われたし、
その辺もあるのかもしれないけど
 
なんか、全体的にラッキー!!の一言。
そして大きな声でありがとうございます。
を言いたい。言いました。
 
 
 
 
その後
 
 
 
ちなみにヒッチハイクで帰省した旨を親に伝えると
お父さん爆笑、母ひとしきり笑ったあとに真顔からの
「次やったら仕送り止めるから」の一言。ありがてえ。
 
 
ヒッチハイクをやってみて思ったことは、
乗せてくれる人は大なり小なり「変」ってこと。
普通、なんなんだあいつは、なにかしでかすつもりなんではないか、怖い → 乗せない
って思考が多くの人にはあると思うんだけど(未知のものって無条件で怖いから)
そんな同じ条件で
眠いし話し相手欲しい、ずっと乗せてみたかった、面白そう → 乗せる
ってなる人、「変」でしょ。生物としての保身よりも、理性が前に出ちゃう。ある意味で人間的な人。
この「変」にはネガティブな要素は全くないのがいいところ。
 
ヒッチハイクは「変」な奴らで成り立っているんだろうなと少なからず感じました。
 
でも本当にありがたい体験でした。
おじさんありがとう。
私も車ユーザーになったら乗せる人になるよ。
いつになるか分からないけれども。ペーパー5年目だけども。
 
 
頑張れ私、頑張れみんな。
ヒッチハイクは自己責任です※
 
 
 
 

日記の意義について考える

この日記は備忘録的要素が強いものにしていこうかなっって思っています。

基本思考がぐちゃぐちゃで散らかってるので冷静に考える場というか、論理的思考に立ち戻りたいがための日記。

あと一旦文章にすると人に話すときに順序立てて分かりやすく話せる気がするから。

エピソード記憶が弱い私にはぴったり。

 

普段は手帳にその日にあったいいことを3つ、星マークのあとに書き連ねています。

内容は読み返すとかなりささいなことしか書いていないけれども、

毎日何かしら楽しんでるなーと思うと幸せを噛み締められるのでおすすめ。

 

常に前を向いていろいろアクションを起こせたら、精神的にもいい状態な気がするけれども、

ふとあのときなにやってたっけって過去を振り返りたくなったときにとても助けになるから、日記は好きだ。

 

好きだから初めてみる、日記が文章が、そんな感じ。

 

なんであえて公開かっていうと、人に文章を褒められる快感を知ってしまったから。

Facebookに投稿した文章をね、たまに、褒められるのです。

褒められるのが好きな人も多いから共感してもらえると思います。

承認が欲しい欲求の段階まできているのです。

マズローの欲求5段階ってやつですね。

生まれたばかりの赤ちゃんみたいに、快か不快かだけで生きれたらそれほどシンプルで

かっこいいことはないけど、

幸か不幸か私は理性を持った人間です。

複雑化した思考や心理から芽生えちゃうよね、承認欲求。

でもそれが人間が人間たる社会性ってものにつながっているのは明白なので、

この気持ちと生きていくしかないですね。

赤子から子供になり、青年になり、大人になり、

生きれば生きるほど新しい気持ちに出会える気がします。 

大人になると涙腺がゆるくなるのは、たくさんの感情を知ってその気持ちを経験しているから、人の話を聞いただけでも共感が生まれて、同じとは言わないまでもそれに近い感情を思い出せるからだろうなと思っています。

気持ちは喜怒哀楽だけでは言い表せない多様性を持っているし、それに名前が付いていないことがけっこうあって、もやもやするって思うことはたくさんあるけれど、

その気持ちといかに向き合って人に伝えるなり、自分の中で昇華させたりするかが次につながっていくと信じている。信じたい。

もっと人間らしく、泥臭く、汚く、醜く気高く生きたいですね。

 

頑張れ私、頑張れみんな。

朝は空気がひんやりしてもう秋めいてきていますね。

【終了】卒業制作展

100人ほどの人間それぞれが1年かけて
あれこれやって完成した(たぶん)渾身の作品たち。
その学校単位での展示。
すごい熱量が個々の作品にはこもっているはずなのに、いまいちぱっとしない卒業制作展。
はがゆい。
もったいない。
惰性を変えたい。でももう卒業。
世の中上手くいかないね。



私は牛と肉ッションをコットン70%で作りました。
2m強の牛のぬいぐるみです。
反省も達成もあれこれあるけど結果は
ああなりました。それがすべて
反省が多め、悔しいけど結果がすべてなのです。
自己管理が難しすぎます!
テーマがテキスタイルでは難しかったのかなとか
テキスタイルで出来ること出来ないこととか
わりとネガティブな思考で考えてました。寒いとなんかね。
ネガティブは、現実的で冷静な思考でもあると思うので持っててもいいかなって。


仔牛パネルはぜひ読んでほしいです。
わりとショッキングな事実だと思います。


肉ッションは明日テイクフリーでお持ち帰りOKなので
お気に入りが見つかりましたらぜひ連れ帰ってあげてください。
先着96名様です!!



と言っていたのはもう169日前。の下書きから始まります。

なんかすぐ頑張れなくなる自分のうじうじとか希望とかを書き連ねる取り留めの無さすぎる日記。

頑張れ私。頑張れみんな。

そんな初ブログ。